去るものは追わず

我々は「来るもの拒まず、去るもの追わず」の精神で生きている。一部例外もあるにはあるが、それには然るべき理由がある。

なんにしろ、我々は「強制をしない」。我々は所謂「体育会系」の人間を嫌う、彼らは「強制する」人種であるからだ。「強制の中の楽しさ」などという腐ったワインを飲むのが彼奴ら体育会系民族である。
一方、我々は絶対に強制しない。自然な感情にしたがって生きる。我々には「遠慮」と「配慮」の心がある、相手を慮り、場を慮る心がある。何が非道・外道であり、何が是であるか分かっている。
他人にされたくないことは、してはいけない。これを我々は忠実に守る。

我々とともに生きたいという者あれば、喜んで受け入れ、ともに喜びと楽しみを共有する。我々と別れたいというものあれば、何も言わずそっと離れる。

我々はそういう人種である。

だから、我々に敵対したり、介入してきたりしない限りは、我々が他種族と関わることはない。それこそが我々の美徳であり、守るべき掟であり、「常識」なのだ。